2-46. 光届かぬ沈没者の巣窟-トビリシ-

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トビリシのホテルロマンティックには光が届かない。
地下にあるためである、そのため、今が昼なのか、夜なのかわからない。

それでいて夕食がついていて、ドリンクが飲み放題(ワイン含む)なのである。

生活は当然のように荒れ、昼過ぎに起きて、朝方に寝る生活となっていく。
もちろん、観光なんてしなくなる、起きたらもう昼過ぎなのだから、動く気にもなくなってくる。

それでも一応はバザールを回り、旧市街を回り、グルジア料理を堪能した。

アルメニアではパンと自炊で生きていたが、グルジアのレストランで食事をして、私はインド・ネパール・パキスタン・イランと比べて、その料理のバリエーションの数に感動していた。

旅に出て、最初の数日こそ、食事なんてものより、その街を見たいと思っていたものだが、一か月を過ぎたときから食事の重要性が変わってくる。

いい国にとは、いい宿といい食事がなければいけない気すらしてくる。

そういう意味ではホテルロマンティックの存在と、豊富でおいしく手の込んだグルジア料理やパンの存在は、それだけで私を長居させてしまいそうになる。

さらに、その宿にはアルメニアから続き、二人の同世代人と行動を共にしている、友人がいる。

ダハブゲームと言われる嘘つきゲームのようなもので夜を更かし、その後三人で語り合うと、時間的にはもう朝になってしまう。もちろん、日の光がないから朝かどうかはわからないが。

『こんなんで、いいのかなぁ。もったいないなぁ』

観光しないことをそう思ったりもするが。
いいじゃないか。

私が日本を出るときには観光したい気持ちなんてなにもなかったのだから。

人と話し、笑い、悩み、考え。
多くの知識を得る。
自分を高める、頑張ろうという気になる。

『日本でできない?』
そういわれるかもしれないが、日本にいるのではそういう機会を得るのは少し難しい。
人々は走り、暇な時間を作らない。進むことを優先して考えることの優先順位は低い。

そして私は多くの知識を得て、前進へのエネルギーとしたい。

それが間違っていようといいじゃないか、まだ私の頭は修正が聞くのだから。

例えば、私がパキスタンで聞いたことを、ロマンティックで働く長期旅行者に言うと
『彼らはなんでもアメリカのせいにしたがることがあるから。』
と言われて私は反省した。

私も『アメリカのせい』と、都市伝説的としながらも、少し信じてしまっていた。

広い視野で、本当のことだけを感じるのってすごく難しいな、と思う。

でも、だからこそみんなに指摘してほしい。
私は例え間違ったことでも、現地で感じたこと、聞いたことを発信していきたいなと思う。

『それは違う』そう思うならお願いしたい、そういうことを。
それが私の考えをより広くして、修整してくれるから。

それが誤解を防ぐ、唯一の手段だと思う、そう、話し合うことが。

続く…


Hokuto Aizawa
世の中にあきれられた一人の男が、世界を半周した後、北国カナダのトロントにて庖丁に出会う。日本に帰国後、ふらふらしながらも目の前にある美しい事々を見逃さないように暮らす。

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