2-47. チェス盤の裏に潜むもの-トラブゾン-

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トラブゾンはイランやグルジアとの交通の起点となる街であり、黒海に面するトルコの町である。

グルジアの巣窟を、友人と共に抜け出した私は、約8時間のバスに揺られて、トルコ初めての町をその日の夜発のバスまでのわずかな時間だが、堪能した。

黒海といえば、そういえばバイトが同じだった後輩が『黒海!』と話していたのを思い出す。
そんなにきれいなのかと思いながら、私たちは黒海のほとりにあった公園でくつろいでいた。

黒海、それが綺麗なのかはわからないが、トラブゾンという街自体が、イスタンブールから遠く離れた地にも関わらず、トビリシよりも美しく感じたことには驚いた。

『ヨーロッパに比べればここなんて全然汚いよ』

地理的に言えばここはまだアジアであるが、これからどんどん美しくなっているのであろう町並みに、感動せずにはいられない。

優しい風が吹く土地で横になっていると、雨が降り出してしまったので、カフェに入りくつろいでいると、一緒に行動している友人の一人がチェス盤を持ち出してきて

『バック・ギャモン知ってる?』

と言ってきた。

皆様は知っているだろうか?折り畳み式のチェス盤には、裏に違うゲームが描かれており、コインとサイコロが入っている。

私はアルメニア人がそのゲームを楽しんでいたのは知っていたが、そのルールはまったく知らなかった。

ルールを教えてもらい、やってみると、これがなかなか面白い。
初心者と経験者の差もあまり出ずに、それでいて頭を使う、やり始めると1時間、2時間と時間たってしまっていた。

夕刻、トラブゾンの中心地にある、リーズナブルであり美味しく有名だという魚料理屋で食事を食べる。

魚料理!

スープなどは食べていたかもしれないが、魚の形をした料理など実にネパールぶりだった。
私はその美味しいサーモンや小イワシをたった300円で堪能しながら、トルコ料理に胸を高鳴らさずにはいられなかった。

その時も、私たちはイケメンアメリカ留学から『ナポレオン』というカードゲームを教えてもらっていた。そして、その後の空き時間をすべてそのゲームに費やすことになる。

『せっかく世界を旅してるのに何して遊んどんじゃい』

皆様はそう思われるかもしれないが、私はそれでも楽しみを覚えながら、ダハブゲーム、バック・ギャモン、ナポレオンを通じて、一緒に行動している4人に対して親近感を感じずにはいられなかった。

そういえば中国では麻雀やトランプが、インド人はトランプを、パキスタン人はボードゲームを愛してやまなかった。
アルメニアやグルジア、そしてトルコでもチェスやバック・ギャモン。

日本の街角でこんな光景を見かけるだろうか?

決して老人だけではない、時には若者と老人が戦い、それを見物しようと人だかりが出来たりする。
お金がかからない上に、『勝負』とは無礼講である。終わった後にはその時どう思おうと、何故か友情が生まれ始めている。

つまりはゲームは友好の懸け橋なのではないか?

そんなものはパキスタンから以西を現在旅してる人はわかるだろう。

そう、サッカーである。

私は、今超絶人気大流行であるサッカーが、主流が嫌いという理由だけで、あまり好んでは見ない。
しかし、現地人の誰しもが教えてくれる『今日の日本戦情報』を聞くだけで、なんだかうれしくなってしまう。

少なくとも彼らはサッカーを通じて日本という国を、知ってくれているのだ。

ホンダ・カガワ・ナカムーラ

『サッカーが強い』
そこにマイナスイメージは生まれないだろう。
なかなかない、プラスのイメージが先行する機会である。

私はその国々がサッカーの話をするたびに、いがみ合う両国が対戦したらとわくわくしてしまう。
イランとアメリカが対戦したら?
アルメニアとアゼルバイジャンが対戦したら?
トルコとロシアが対戦したら?

もちろん、無知な私はそれらの国がサッカーチームを有しているのかさえ定かではないが。
それでも最初のうちは険悪なムードが生まれるだろう、だがそれをきっかけに互いを知ろうと思えてくるのではないか?そう思える時がある。

もちろん、私はサッカー選手でもなければ世界的なスポーツ選手でもない。
ならば日本人が持つといわれる閉塞感をなくすためにも、帰国したらトランプを持って街角の公園にでも出かけようかな?と思うのである。

少なくともその程度の心のゆとりと、楽しむ余裕ぐらいは持って、生活したいものだ。

皆も携帯電話を眺めて顔見えぬ相手と対戦するだけでなく、たまには顔を見ながら笑いながら遊んでみてはいかがだろうか?
それは相手を知るための最良の手段の一つなのではないかと、私は思う。

話は変わるが『そういえば黒海ってなんで黒海って言うんだろう?湖じゃないの?』

そう思っていたのだが、のちにトルコの地図を見て納得した。
アジアとヨーロッパは川で隔てているのだが、その川へと続くのが、この黒海であるのだ。

これが海ならその川も必然的に海の一部となる。
アジア大陸とヨーロッパ大陸は海で隔たれていたのか。
つまりは長く続いた私のアジアでの旅も残り少ないこととなる。

そんな枠組みには何の意味もないのだが、両大陸の境目として発達した料理と文化、少しでも感じて太陽と共に進みたいものである。

続く…


Hokuto Aizawa
世の中にあきれられた一人の男が、世界を半周した後、北国カナダのトロントにて庖丁に出会う。日本に帰国後、ふらふらしながらも目の前にある美しい事々を見逃さないように暮らす。

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