2-62. トヤモヤ-バチカトポラ-

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ベオグラードから8席一部屋の個室で4隻ずつ向かい合う触り心地のいい座席の列車。
そんなところにも私の想像する東欧感があふれている。
電子的なものは一切見えず、壁も列車自体も落書きで汚いが、私は日本では得られないゆったりしたシートに喜びを感じていた。

ここまでの道のり、確かに日本と比べると汚い街が多かった。
列車や地下鉄は、壊れはしないかと心配するほどオンボロであったが、私はそれに落ち着きを覚えていた。
日本はすべてが美しく、最新のもので満たされている。

私は海外でボロイもの、古いものを見れば見るほど、日本の新しいそれらを思い出しては、日本だってもう少し古く、汚いことが許されてもいいのではないかと思ってしまう。

神様は、信じるだろうか?

ちなみに私は洗礼を受けたキリスト教という肩書のようなものを持っているが、神父の気まぐれで日曜学校を途中入学してしまったことで、それらの歴史や信仰に対しての知識が乏しく、まったく『信仰している』とは言えない状態にある。

世界の多くの人々が日本を『仏教』と勘違いしているが、私の友人で仏教を信仰している人間は聞いたことがない。
我々が生まれてから今までに親から教えられる宗教は、『すべてのものに神が宿っている』という、なんともおおらかで、一神教の人々には理解しがたいであろう適当な信仰であると思う。

少なくとも私は、小さい頃、歯ブラシを変えるごとに、古い歯ブラシに感謝をして捨てていた。
多くの者に、神が宿っている、いや、魂と言うのが正しいか。

私は外国人に宗教を聞かれると、たいてい『日本人は、このコップの水にも、あの川にも神様が住んでいると信じている、あなたの心にも、私の心にも』と言い、『そして、私は決してそれらを否定はしない、あなたの国の神様も、私の国の神様も。』という。
そののちに、『日本のブッディストテンプルにはキリシタンイベントであるクリスマスのツリーが飾ってあることだってあるんだ、クレイジーな国さ!』なんていえば爆笑必須である。

そんな風に何物にも魂と神が宿っていると思っている私は、高校の時ぴたりとなくなってしまった物欲も相成り、何かと長く使われているものが好きになっていた。
旅は、何も生産しない代わりに、なるべく何も捨てない、ギリギリまで使い続け、ありがとうと言って捨てる。
大量生産、大量消費の現代に疑問符を投げかける行為である。

もちろん、我が国が大量に生産してくれていなければ、私のようなものが旅などできないのだが。

さて、そんな古くも居心地のいい列車に揺られてついたのは、バチカトポラ。
セルビアの田舎町である。

私は特にヨーロッパに入ってから私の旅のスタイルの限界を感じていた。
美しい建造物や自然を見たいわけでなければ、世界遺産を制覇したいわけでもない。

できることなら極限までその国の生活に溶け込みたい。

旅行者でしかも短期間しか滞在できない私には難しい上に、都会は自然と観光的になってしまう。なにより、ヨーロッパの都会の中心は、観光客で成り立っているようなものだ。
それはわかっていながらも、そんな気持ちがずっとあった。

そんな時に間違えてカウチサーフィンのリクエストを送った彼女がセルビアの田舎住みである
と知ったときに、私は迷わずそこに行くことに決めた。

街には、その鉄道以外何も通っておらず、バスすらも見かけなかった。
人々は車で移動していて、ホストであるセルビア人の彼女は、車で駅まで迎えに来てくれた。

ハンガリアン文化を学び、ハンガリー語を話す彼女とその親友の芸術家、そしてその仲間たちと私は4日間、とても楽しい日々を過ごした。

アトリエに行き、面白い作品の数々を見せてもらい。
『金がないからヒッチハイクでインドまで旅をしたい』という彼らに私のルートを教えてあげると、目を輝かせて食いついてきた。

ベジタリアンであり、スピリチュアルという言葉をよく使う彼女と、芸術家とその妹は、インドやネパール、チベットに行きたがり、そこでの私がインドやネパールの話を聞かせては喜んでくれた。
コソボに行ったことを言えば『あそこはリトルアメリカだぞ!ファックだよ!』と言う。
そんな、日本にはなかなかない極端な感情の一つ一つが、面白い。

『ヨーロッパはとっても美しい、でも、アジアはね、とっても面白い。』

夕方からは湖に行き、1時間近く泳ぎ、夜からはこの週だけやっているという立派な野外コンサートを見に行った。
ユーゴスラビアンポップスからロック、メタル、レゲェ、シャンソンに耳を傾けながら酒飲み、踊った。

『ホクト!女は好きかい!?』と聞かれ
『もちろんだよ』と答えると、ビール片手にナンパをしに行き、ナンパした女性と話すと、私の旅を尊敬してくれる。

人に尊敬されるためにやっているわけではないけど、そう言われて喜ばないほどおかしい人間でもない。

なにより、私は英語が出来なくても、ここまでの道のりという話すべき言葉を持っている。
それが彼女たちとのコミュニケーションを潤滑にしてくれて、彼女たちと、私が楽しむことができた。
私が何も話すことのない平凡でつまらない人生を送っていたなら、いくら英語が堪能でも、きっと会話を楽しむことすらできなかっただろう。

毎食、ホストの彼女は美味しいローカル料理を作ってくれた。
私はその時も、彼女の料理をほめる言葉を探しながらも、それを伝えられない語学力に悲しんだ。

『是非日本に来て、あなたの美味しい手料理のレストランを開いてください』

そういって、私たちは実に4日間の楽しいひと時を過ごしてお別れした。

彼女たちに送ってもらったハンガリーのブタペストで。
続く…


Hokuto Aizawa
世の中にあきれられた一人の男が、世界を半周した後、北国カナダのトロントにて庖丁に出会う。日本に帰国後、ふらふらしながらも目の前にある美しい事々を見逃さないように暮らす。

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