2-65. 今この世界で-プラハ-

浦沢直樹の漫画、『モンスター』をアニメ化したもののエンディングテーマがフジコヘミングの『Make it home』という歌であった。

この歌は、なんだか怖い、怖いのだけど美しいような。何度も何度も聞いてしまう。
それは好奇心からくるような旅みたいなもののような。

そのモンスターと言うアニメも、残虐的なシーンが数多くあらわれる、少し怖い話だった。

私はそのころ、夜更かししてはそのアニメを見ていた、毎回は見れずに断片的だけども、ストーリーが分からなくても、登場する町並みとエンディングテーマが見れればなんだかよかった。
その町並みは美しいけど何だけ怖くて、怖いけど美しくて・・・・。

そのアニメで多く登場する町並みがチェコのプラハであった。

そんな予備知識と曇った空のおかげか、最初に見たチェコの姿は私のそういったイメージと変わらず、なんだか怖い街だった。
暗い、とはまた違う。
観光客とそのための土産物屋とカフェは活気があったし、その場にいる人々は笑顔で明るかった。

もちろん、曇りであったということもある、翌日、晴れ旧市街を見たときは、前日との印象の違いに驚いたほどだから。
しかし、街に点在する怪しいモニュメントや、黒がかった教会や時計台、そしてなにより自然がその怪しさを演出していた。

花にたとえるとバラだ。バラは、よく美しさの象徴としてたとえられ、『棘がある』と言われるが、私は、バラに触る人間は、棘を見る前から何かしらを失う覚悟があるんではないかと思う。

本当に美しい赤色のバラは、遠目から見ると、黒色が強く、なんだか魔が潜んでいそうな色をしている。
それゆえに美しくて魅了するのだ、だから、近づいて棘を見ずとも、そこに何かしらが潜んでいることなどわかりきっていいる。

私自身、何度もその魔の色に魅了されて近づいたことがある。
多くの女性は棘すら触らせてくれないのだが。
さて、そんなバラの似合うチェコのプラハ。
少し怪しいこの国もビールの一人当たりの消費が世界一だったりするらしい。

世界一のビールと言われるビールを出す、有名なビアバーに行ってみる。
入るや否や、老人が話しかけてくる。

『お前は日本人か?』

『日本人だよ』

『日本人か!日本人は最高だ!ベストだ!』

目の前に座っているドイツ人が、『やっと帰れる』と言う顔になる。
この名物おやじ、店に来る外国人全員にお世辞を言っているのだろうか、次のターゲットが私になり、彼の暇つぶしのためのお世辞に付き合わされる。

『見てくれ!この靴!この靴は他の靴の2倍値段がするんだ!見てくれ、日本の文字が書いてあるだろ??』

靴には品質第一と刺繍されていた。
意味を聞かれたので、私は

『グッドシューズって意味だよ』

と答えておく。
その後もずっと彼のお世辞は続く。

老人『日本人は最高だ!クリーンだ!それに比べて中国人は…』

私『でも中国人の友人をたくさん作ったけど…』

老人『汚いだろ!?あいつらは床をゴミ箱だと思ってるからね!』

私『あぅ・・・』

老人『どんな国を旅したんだい?』

私『インドとか、パキスタンとか、イランとか…』

老人『パキスタン!?イラン!?ムスリムの奴らはくそくらえさ!』

私『…』

彼はとても陽気で優しい老人であったし、彼のおかげで私は皆が笑顔で過ごすビアバーで孤立しないでいられたのだが、それだけに何か悲しい気持ちにならずにはいられなかった。

彼はきっと国際的マナーのある中国人や優しく平和の心を持ったムスリムの人々と出会ったことがないのだろう。
しかし、彼のような意見が出るのも、まったく理解しがたいわけでもない。
中国人のコミュニティーは世界各国にある、彼らの集まりと富の囲い込み、そして模造品の問題はどこに行っても問題視される。
ムスリムの人々の捨てられない宗教観は、あちこちにモスクを立ててコーランを鳴らし、ヘジャブを着用する。

特段に、ムスリムの人々は、やはり『異様』に写るのである。
『郷に入れば郷に従え』という言葉がある。
私のような日本人なら、それを成し遂げることは簡単なのではないだろうか?
それは、我々には生きる以上に大切にしなければならないものがあまり存在しないからである。

少なくとも私は、その地に生きるためなら、民族的つながりも、宗教観も、捨てたってかまわない。
その地で生きるとはそういうことだ。

しかし、捨てられないものを持っている人もいるのだ。それはやはり理解しなければならぬところだ。
どこに行っても歓迎される、私は我が国の先人たちが行ってきた素晴らしき立ち振る舞いに感謝せずにはいられなくなると同時に、いまだにフォークを左手で持つことに疑問を呈している自分が恥ずかしくなるのである。

チェコでは、日本文化を勉強しているという大学生と一緒に散歩をした、
チェコやプラハのことを教えてもらい、日本の問題を議論し、楽しいひと時を過ごした。

『チェコはお金がないからね、学生に何もお金を使ってくれないの!でも日本の文部科学省の奨学金に受かれば日本に行くことが出来る!』

私はなんだか誇らしくなった。彼女が日本に留学できることを心から願う。

プラハでの私のホストは、夜の旧市街をスクーターで案内してくれ、チェコ料理を食べさせてくれ、ビールをご馳走してくれた。
私は彼の過剰な優しさが、怖いほどであった。彼はクールで口数が少ないのである。

しかし、家に帰ると出てくる本は日本語、漢字、日本会話…。旅行が好きな彼は、日本人であり、旅行者でもある私だから、こんなに親切にしてくれるのだろう。

我々は先人たちが築いた特殊であり、嫌われ少ないこの文化を誇り、持続しなけらばならない。

まずはフォークをちゃんと左手で持つことから始めよう。パスタをすすらない所から始めようと思う私なのである。

続く…


Hokuto Aizawa
世の中にあきれられた一人の男が、世界を半周した後、北国カナダのトロントにて庖丁に出会う。日本に帰国後、ふらふらしながらも目の前にある美しい事々を見逃さないように暮らす。

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