4-3. 帰国

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帰国してからの一か月間は、多忙だった。
一か月という短い期間の中で、私たちは日本各地にいる取引先や生産者達と会う約束をし、その合間に、オーナーは自分の日本でのミッションのようなものを日々追加していった。
私の役割は、オーナーの息子のベビーシッターであり、通訳者であり、ガイドであり、彼女らのミッションをアレンジするコンシェルジュのようなものだった。
2歳の息子をあやしながら、道案内をし、通訳をしていると、日本を出る前よりも自分が何か違った意味で成長している気がしてくる。半年間の旅や、2年間の海外生活よりも、この2歳にも満たない子供との半年間の生活が、私を一番成長させてくれたような気がする。
子は偉大である。母もまたしかり。
しかし、この多忙を極めた旅行の中で、私は、彼らと一緒にいることで、初めての『日本』を何度も感じることができた。
そもそも、私の『高級寿司』への体験は、トロントにいた『日本食オタク』達の誰よりも少ないものであったし、日本の鳥がこんなにも美味であったことを、私は帰国するまで感じることがなかった。

しかし、そんな『旅行者』としての日本は、私に、私が渡航前に感じていた日本というものを感じさせないまま、ものすごい速さで通過していった。

『また、絶対に会いましょう。』

そう再開を誓いながら空港のロビーで別れてから、私は初めて日本に帰国したような気がする。

実家のベッドの上、久しぶりの日本は、退屈の象徴だった。

AKBや嵐はいまだにテレビに出ているし、白鷗はいまだに横綱をやっている。
街には昔と変わらぬ安居酒屋があり、家は昔と変わらずにそこにあった。

当然であるのだが、たった2年半しかたっていないのである。
それだけの月日で、何年もかけて築き上げてきたものがそう簡単に変わるわけもない。

しかし、それを頭でわかっていても、私はそれを日本のせいにしたがった。
ある意味では、期待していた、自分が見えなかった何かが、驚きが日本に帰ってきてあることを。自分自身に大きな変化などないくせに、外側には変化を求めた。

日本に帰ってきて、日本を退屈だと、平和ボケだと、遅れていると、英語が喋れないと、国際的じゃないと愚痴る人間は、きっと、自分自身が抱えているそういった雰囲気を日本という何か大きなものの責任に押し付けているだけなのではないだろうか。

海外にいるときは、正直楽だった。
生活していれば日々英語は上達していき、何かしらの文化の壁にぶち当たり、友達と会話するにも、脳にストレスを与え、そのストレスと戦うことが生活への充実感を生み出していった。国外の先進諸国に住むということは、平和的な法律と経済力に守られながらも、戦うという充実感を得ることができる、最も簡単な方法なのかもしれない。
しかし、だからこそ人はその『戦う』ことの必要性を突然奪われると、その向けるべき攻撃性を『退屈』という言葉を借りて、国という大きなものに向けるのかもしれない、本当は、退屈なのは、そんな海外生活で『英語』という、面白みのない武器しか手に入れることができなかった自分だということも気づかないままに。

そう、日本という慣れ親しんだ土地で、私という人間は退屈だった。

オーナーと別れてからの約2週間、東京中の包丁屋や民芸店、観光地などを回りながらも。毎晩ベッドに寝そべりながら、そんなことを考えていた。
それは、自分が本来何もない退屈な人間なのだと、たった一人の日本人で、今この国の中で、歩みを進めていない、遅れた、平和ボケした無職の男なのだということを再確認させる作業で、それを認めるには、数えきれないほどの自問自答を毎晩寝る前に行う必要があった。
戦わなければいけなかった、こんな退屈な自分を変えるために。
しかし、戦うには理由が必要だった。

カナダのトロントで、私を従業員として待ってくれている人々がいることは、私にとって本当に幸運のことであったと思う。
もし、彼らの期待がなければ、私は今もベッドの上で虚無感と戦いながら、戦うことの理由作りと戦っていたことだろうと思う。
彼らが、いや、オファーをくれたオーナーが私を奮い立たせてくれた。このままではいけないと、私は再渡加した際に期待にこたえなければいけない、と。

私は、東京中の包丁屋を巡った中で、最も心惹かれた場所に行き、突然、『働かせてもらえないか。』と頼むことになる。

包丁やの店主は快く受け入れてくれた、それはびっくりするぐらい簡単であった。
店主の懐の広さに感謝をしながら、2016年より、私は東京の老舗の包丁屋で働くこととなる。

 

続く…


Hokuto Aizawa
世の中にあきれられた一人の男が、世界を半周した後、北国カナダのトロントにて庖丁に出会う。日本に帰国後、ふらふらしながらも目の前にある美しい事々を見逃さないように暮らす。

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